漫画・本レビュー

ひろゆき 1%の努力 レビュー

子供部屋おじさん

身の丈にあった生活をしよう、身の丈にあった仕事をしよう、など何かにつけて取りざたされますが私は今回のコロナの感染拡大を受けて ”身の丈” という個の在り方について認識を改める良い機会なのではないかと強く思いました。

アルバイト、その他雇用形態、正社員、その他(会社経営)

雇用形態を抜きにするとアルバイトの下にも選択肢はありますが、大まかに4つの選択肢があると思っていて『自分に何ができるのか』『何がしたいのか』をよくよく考えて自分にあったスタイルを確立する必要が出てきたと思うんです。

必ずしもスタイルを確立する必要はないのですが、例えば副業を本気で取り組むためにアルバイトを選択するですとか、正社員だけれども副業OKの会社を選択するですとか、そういった選択をした上で自分に合う合わないを見つけたり、あるいは先がなさそうだなという判断から進退を決めるですとか少なくともそういった具体的な決断をする必要性は今まで以上に高くなったように感じます。

つまり何がいいたいのかといいますと資金を得るための具体的な手段?方法?を見つけ実行するということが1番賢明な判断なのではないでしょうか。そういう意味では実家で働きながら資金を獲得するというのは個の時代を生き抜く上での、ある意味一番わかりやすいアンサーだと思うんですよね。

勿論お父さんお母さんと自分との利害関係を一致させる必要はあるでしょうが、そうは言ってもなかなか大変です。ですので利害関係を一致させるという前提条件の上で『副業をしたい』『将来起業をしたい』などの具体的な目標のようなものを提示した上で住まわせてもらうのがベストだと思いますね。
交渉次第ですが最低限ゴール的なものが想像できないと、そこはお互いにしんどいんで・・・・・・ゴールに到達できるか?その先は?という話はまた別の話だと思うんです。今回の件で実感された方もいらっしゃるでしょうが、無理なく生活が出来ることほど捗ることはないんですよ。

このように私は『子供部屋おじさん』に対して肯定的な捉え方をしているのですが、1%の努力でひろゆきさんはどのように語っているのでしょうか。

 

1%の努力から学ぶ

ひろゆきさんは北区赤羽の庶民的な街で幼少期を過ごされた経験から「月5万円あれば暮らせる」と言われた時に「貧乏だったけど、それなりに工夫してやってこられたな・・・・・・」と思えるタイプの人間だそうで、私もなんとかなりそうだと思うタイプの人間です。しかし、ひろゆきさんも言っている通り子供の頃から何不自由なく暮らしてきて、実家ぐらしで給料のほとんどを自分へのご褒美に使ってきたとしたら、それは理解できないでしょう。

この小さな意識のズレは人を排除することに繋がり兼ねないとひろゆきさんはこの本で語っています。

家庭によっては、そういった意識のズレから子供部屋おじさんというのは否定の対象であり『ああいう大人になってはダメよ』という典型的なモデルなのでしょうが、そのラインってあなたのラインですよね?っていうことが言えると思うんですよね。

また、ステータスやプライドから人は知らず知らず最低限の守るべきラインを設定してしまっています。それは自分にも言えることで、そのラインは本当に守るべきラインなのでしょうか。自分の決めたラインで苦しんでませんか?実家暮らしを推奨しているわけではありませんが、守るべきラインを高めに決めてしまうとそれを維持しなくてはなりませんその覚悟があるか、あるいはあったかということなんです(これは私の価値観なので当然ひろゆきさんの本意とは全然別の可能性がある)

 

終わりに

子供部屋おじさんというスラングの誕生が答えのようなもので、守るべきラインというのは人にぶつけがちかもしれませんが、その前に自分のラインを見つめ直してみてはいかがでしょうか。コロナがそういう貴重な機会を与えてくれていると私は捉えます。