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フェミニストの定義とこれからのあり方

フェミニズムとフェミニスト

フェミニズムとは、男女の政治的、経済的、個人的、社会的平等を定義し、確立し、達成することを目的とした社会運動、政治運動、およびイデオロギーの範囲である。フェミニズムは、社会が男性の視点を優先し、女性がそれらの社会の中で不当に扱われているという立場を取り入れている。

フェミニズムを変えるための努力には、ジェンダーの固定観念との戦いや、男性と同等の女性のための教育的、職業的、対人関係の機会と成果を確立することが含まれている。

フェミニストの運動は、投票権、公職に就く権利、働く権利、平等な賃金を得る権利、財産を所有する権利、教育を受ける権利、契約を結ぶ権利、結婚生活における平等な権利、産休など、女性の権利のためにキャンペーンを展開してきたし、キャンペーンを継続している。フェミニストはまた、合法的な中絶と社会的統合へのアクセスを確保し、レイプ、セクシュアル・ハラスメント、ドメスティック・バイオレンスから女性と女児を守るために活動してきた 。服装や許容される身体活動の変化は、しばしばフェミニストの運動の一部となっている。

フェミニストのキャンペーンは、女性の権利のための歴史的な社会的変化の主 力であると考える学者もいるが、特に欧米では、フェミニストは女性の参政権、 ジェンダー中立的な言語、女性のためのリプロダクティブな権利(避妊具や中絶へ のアクセスを含む)、契約を締結し財産を所有する権利を達成したとほぼ普遍的に信用されている。

フェミニストの提唱は、主に女性の権利に焦点を当ててきたが、フェミニストの中には、男性も伝統的なジェンダーの役割に よって害を受けていると考えているため、その目的の中に男性の解放を含めることを主張する者もいる。フェミニスト運動から生まれたフェミニスト理論は、女性の社会的役割や生きた経験を検証することで、ジェンダーの不平等の本質を理解することを目的としており、ジェンダーに関する問題に対応するために、さまざまな分野で理論を展開してきた。

数多くのフェミニズム運動やイデオロギーが長年にわたって発展し、さまざまな視点や目的を表してきた。フェミニズムのいくつかの形態は、白人、中産階級、または大学教育を受けた人々の視点だけを考慮に入れていると批判されてきた。この批判は、ブラック・フェミニズムやインターセクショ ナル・フェミニズムのような、民族的に特異的なフェミニズムや多文化的なフェミニズムの形態を生み出すことにつながった 。

 

 

5:44から本題。

 

まず私が思うに差別や権利の侵害を訴える場合何かの権利を主張するときや問題を提起する時にロジカルに考える必要がないと思っていて、それは炎上のようなデモのような行為をすればその話が大抵通るからなんですよね。

問題に火をつけてその問題を提起する人が(教授やその問題に精通している人)提起すればそれでなんの問題もないんです。勿論過激な発言や行いは倫理的に問題があるでしょうがそれはもはや個人の問題と責任なので別の問題として捉えた方が賢明でしょう。私が1番問題と感じているのはその差別や権利の侵害という当たり前の主張(人権侵害なんでね)をSNSは問題を複雑にさせる傾向があるということです。

そもそもその問題と動画の問題は分けて考えるべきなのでしょうがSNSは問題を複雑にさせる傾向があるという点では共通しているのかなと思う所です。イエスかノーかくらいの単純な問題にもかかわらず膨大なイエスやノーが突き付けられるわけですから当然発言の意図を読み取ることが非常に難しくなるということは私を含め皆さんも理解しているはずです。わかっている人はわかっているんだけど全体で見たときにわかっていない人も多いからカオス状態になるわけで、ここをフェアーにして行くことがフェミニストと問題を提起する者(あるいはアンチフェミニスト)両者の課題だと思っています。

なんで差別をされた側がそんな配慮をしなくてはいけないの? とお思いでしょうが、単純な評価ならまだしも本人が意図している発言と全く別の発言が全体のアンサーだという風に先導し印象操作を行ったら場合によっては訴えられちゃいますよっていう・・・・・・また、問題を指摘して返答が帰ってきた場合最低限答える義務があると思うんです(そこは人としてという感じもするのですが)

そんな面倒臭いことお互い望まないので、後から説明しないといけないことになるくらいなら問題を提起する者は最初からロジカルに説明するべきなんですよ。この手の炎上ってたくさん見てきましたけれど、いまだに後手後手なんですよね。

要約するとTPOをわきまえましょうっていう単純な話なんですよ。明らかに相手への配慮を欠いてるから差別や権利の侵害のようなことが起きるわけで、取り扱う問題がデリケートな場合は特に最初からそうならないような配慮が必要だと私は思います。また、逆にフェミニストや一部のフェミニストが過激な発言や行いをすることで新たな差別や権利の侵害を誘発する恐れがあることをもっと深刻に捉えるべきだと思います。最低限それくらいの配慮がないとどの問題にかかわらず溝は解消されないのではないでしょうか。